糸が切れた凧の毎日

これまで散々世間に迷惑をかけてきたので、これからは世間に恩返しをする番だと思っています。 周りの人の心に火を灯し、少しでも元気になってもらえれば、私も元気になれます。

ひょっとすると会いたくないのではないか

私の人生の転機でお世話になり、感謝の気持ちを伝えたい人が2人います。

その1人は、高校時代と浪人時代にお世話になった塾の先生です。

その先生は東京の国立大学を退学し、故郷の静岡に戻って個人塾を開いた人です。

私がお世話になったときには30歳の独身でした。

特にお世話になったのは私が21歳のときです。

私は高校卒業と同時に実家を飛び出し、横浜で新聞奨学生をやりながら浪人をしました。

40年以上前の話です。

親からは国立大学の学費しか出せないと言われていました。

2年浪人をしたのですが、国立大学に合格できずに、実家に戻りました。

そのときに、高校時代にお世話になった塾の先生に相談に行ったら、私を講師として雇ってくれました。

毎日、中学生を相手に17時〜21時まで英語の授業をやりました。

先生は21時〜23時まで個人授業をやっていました。

私は15時頃に出社して、授業以外は受験勉強をしていました。

塾には浪人生も出入りしていたので、浪人生と一緒に受験勉強をしていました。

勉強で分からないところは先生に聞いていました。

塾には問題集もあります。

勉強をする環境が整っていました。

一緒に勉強をする仲間もいました。

その環境が私にはとても合っていました。

その結果、法政大学や青山学院大学にも合格できました。

念願の国立大学にも合格できました。

塾の講師のアルバイト代で、大学受験の受験料や旅費を稼ぐことができました。

そんな環境を与えてくれた先生には感謝です。

その環境が無かったら恐らく大学に行くことはできなかったと思います。

違う人生を歩んでいたと思います。

そんな先生も73歳です。

久しぶりにメールをしてみました。

静岡まで会いに行きたいと思ったからです。

しかし、メールの返信がありません。

メールアドレスは間違えていないはずです。

なぜなのだろうと思いました。

ひょっとすると年老いた自分を見せたくないのかもしれません。

お互い歳を重ねていますから、会う機会も少ないです。

だから今のうちに会っておきたいのです。

人生の転機を支えていただいた人には、感謝の気持ちを伝えないと後悔すると思います。