糸が切れた凧の毎日

これまで散々世間に迷惑をかけてきたので、これからは世間に恩返しをする番だと思っています。 周りの人の心に火を灯し、少しでも元気になってもらえれば、私も元気になれます。

こんな上司になりたかった

サラリーマン生活を40年近くやっていると、目標とする上司の1人くらいはいるものです。

61歳になる私が一番心に残っている上司が1人います。

その方は、自衛隊出身で、55歳で定年退職をして、再雇用で入社した方でした。

どこかの部隊の隊長までやって、最後は防衛庁に勤務していたとのことです。

いつも姿勢が良く、挨拶をしっかりする礼儀正しい方でした。

私と一緒の部署で勤務していたときは、その方はすでに60歳くらいでした。

私は30歳代後半で一番仕事に精力的に取り組んでいたときでした。

血気盛んな時期ですから、勢いで仕事をしていたこともあり、他の部署の方と衝突したり、失敗することも多かったです。

私が落ち込んでいたときには、昼飯に誘ってくれました。

「一番高い料理を頼んでいいです。美味しい物を食べると元気が出るから。」

と言って、いつも高くて美味しい料理をご馳走してくれました。

とても謙虚な方で、人が嫌がる雑用もやってくれました。

さすが自衛隊の隊長までやった方です。

部下の心の動きが察知できていたのでしょう。

影でいろいろ助けてくれました。

本当に感謝しています。

その方は私と2年間くらい一緒に仕事をして、62歳で退職してしまいました。

その方の退職後に、一緒に2~3回飲みに行きました。

飲みに行ったときにも励ましてくれました。

たくさんの元気をもらいました。

その後は、年賀状だけのやり取りになってしまいました。

一昨年、その方の息子さんから手紙が来ました。

軽い痴呆症になって施設に入っているとのことでした。

86歳になったとも書いてありました。

その手紙には連絡先が書いてありませんでした。

手紙を読みながら、玄関で声を上げて泣きました。

自分がなんと不義理な男なのだと後悔しました。

私がその方を励ます番だったのに、何もできなかった自分が情けなかったです。

今でも、その方の「一番高いものを頼め。美味しい物を食べると元気が出るから。」

の言葉が残っています。

50歳を過ぎた頃から、私は相談を受けることが増えてきました。

そんなときには、美味しい料理を食べながら、じっくり相手の話を聴くようにしています。

話を聴くだけでも相手が元気になるのならば、いくらでも話を聴くようにしています。