糸が切れた凧の毎日

これまで散々世間に迷惑をかけてきたので、これからは世間に恩返しをする番だと思っています。 周りの人の心に火を灯し、少しでも元気になってもらえれば、私も元気になれます。

人生のリスタート

お盆休みは、普段なかなか会えない人に会った。
高校時代の後輩、そして元同僚。
3人の人と会った。
最近、心に決めていることがある。
「会いたいと思った人には、会えるうちに会っておく」
なぜなら、みんな還暦を過ぎているからだ。
次にいつ会えるかは分からない。
だから、交通費がかかっても、宿泊費がかかっても、会いに行く。
一緒に食べ、酒を飲みながら話していると、いつの間にか昔話になる。
「あの頃は、こうだったな」
「お前は、あのとき、こうしていたよな」
そんな話をしているうちに、ふと不思議な感覚になる。
お互いの60年以上の人生を語り合っていると、まるで自分の人生の「答え合わせ」をしているようなのだ。
人生に正解がないことくらい、分かっている。
それでも、ときどき思う。
「自分の人生は、これで良かったのだろうか」
この問いは、64歳になった今でも消えない。
お盆休みに会った3人は、全員まだ現役だった。
今も仕事を続けている。


人生には、必ず転機がある。
振り返れば、自分の人生にも何度か転機があった。
そんなことを考えていた一昨日、テレビを観ていた。
NHKのドキュメンタリー番組だった。
そこで、あるマンションが映った。
その瞬間、目が止まった。
45年前、自分が新聞奨学生をしながら浪人していた頃、新聞を配っていたマンションだった。
まさか、と思った。
しかし、間違いなかった。
45年前の記憶が、一気によみがえってきた。
新聞を抱えて、走った。
一軒一軒、各部屋のドアにあるポストへ新聞を入れていく。
月末になれば、集金にも回った。
あの頃の自分は、自分の将来に希望を見いだせず、焦っていた。
実家を飛び出し、ひとりで暮らしていた。

誰にも頼れなかった。
「これから自分は、どうなるのだろう」
そんな不安を抱えながら、毎日を必死に生きていた。
そして45年後。
テレビの画面に、そのマンションが映っていた。
建物は、あのときの姿のまま、そこにあった。
45年前、絶望の中にいた自分。
その自分が、なんとかそこから抜け出し、64歳になった今も生きている。
なんとも言えない気持ちになった。

お盆休みには旧友と会い、人生を振り返った。
そしてその直後、45年前の自分がいた場所を、テレビが突然見せてくれた。
何という偶然だろう。
いや、偶然というより、
「一度、自分の人生を振り返ってみなさい」
そう言われているような気がした。
64歳まで生きてくると、自分にどれほどの能力があるのかも、だんだん分かってくる。
自分は、決して能力が高い人間ではない。
人より器用に生きることもできなかった。
人に頼ることも苦手だった。
人間関係の計算もできない。
要領よく立ち回ることもできない。

そんな不器用な自分が、どうやって生きてきたのか。
考えてみれば、答えは一つだった。
人より汗をかくしかなかった。
ただ、それだけだった。
そして、もう一つ気づいたことがある。
45年前の自分と、今の自分は、実はそれほど変わっていない。
不器用で、要領が悪くて、人に頼るのが苦手。
64歳になっても、根っこの部分は同じなのだ。
それでも、ここまで生きてこられた。
ここまで働いてこられた。

なぜだろう。
自分一人の力ではない。
人生の転機には、必ず自分を助けてくれる人がいた。
苦しいときに手を差し伸べてくれた人。
自分を信じてくれた人。
思いがけないところで道を開いてくれた人。
振り返れば、そういう人たちに支えられて、ここまで来たのだと思う。
感謝しかない。
一生懸命やっていると、人生のピンチに、なぜか助けてくれる人が現れる。
不思議なものだ。
だから、自分もこれからは、誰かが困っているときに手を差し伸べられる人間でありたいと思う。

そして来年4月、65歳になる。
年金を受け取ることができる。
それもまた、一つの大きな転機になる。
45年前、将来に絶望していた自分。
その自分が、65歳を目前にして、もう一度人生を考えている。
人生は、終わっていない。
むしろ、ここからもう一度始めてもいい。
人生のリスタート。
それは、若い頃に戻ることではない。
これまでの人生を否定することでもない。
64年間生きてきた自分だからこそ見えるものを大切にして、これからの時間を生きていくこと。
そう考えると、65歳は「終わり」ではなく、
新しい人生のスタートラインなのかもしれない。