糸が切れた凧の毎日

これまで散々世間に迷惑をかけてきたので、これからは世間に恩返しをする番だと思っています。 周りの人の心に火を灯し、少しでも元気になってもらえれば、私も元気になれます。

最期に残る人間関係は家族だけだと思う

仕事がらみで関係のあった方々が大量に定年退職をする時期になりました。

私が還暦ですから、同級生が定年退職になります。

大企業では定年が65歳に延びています。

しかし、実態は60歳で定年退職ということも多いです。

先日、高校時代の同級生とLINEで連絡をしました。

彼は、有名大学の大学院を卒業して、誰もが知る有名企業に就職しました。

その企業でヨーロッパの支社長まで務め、帰国してからも部長として勤務していました。

役員にはなれませんでした。

彼は60歳で定年退職ですが、役職無しで65歳まで勤めることができるそうです。

彼は60歳で退職をすることを決意していました。

役職が無くなって、部下だった人に使われるのは嫌だというのです。

男のプライドです。

彼の会社ではほとんどの人が60歳で退職するそうです。

彼は、結婚しても子どもがいないので、十分なお金は貯金できているはずです。

退職金も十分にあるはずです。

やり取りしているうちに、いろいろと考えることがありました。

どんなに仕事を頑張って出世をしても、退職したらタダののオジイサンです。

会社を退職後も交流する社員なんて、1人いるかいないかではないでしょうか?

私は3回転職して4つの職場を経験しましたが、以前の職場の同僚と交流を続けているのは2人程度です。

所詮、職場の人間関係なんて利害関係でしかありません。

退職したら終わりです。

地元のコミュニティに属していれば、退職後の居場所があるのでしょうが、仕事だけに生きてきた人は居場所がないです。

最後の拠り所は家族だけになってしまいます。

若い頃は、多額の退職金をもらって、年金と退職金で悠々自適な老後を想像していました。

遊びに来る孫の面倒を見ることを考えていました。

しかし、現実は、3回も転職をしている私は退職金の額は多くはありません。

妻と長男とは別居状態で、精神障害を持つ次男と2人暮らしです。

このままでは寂しい老後になりそうです。

私は、若い頃から弱音を吐くのが苦手でした。

実家を飛び出し、新聞奨学生として出発したときから、辛いことも耐えて、多くの人に支えられながらも、何とか生きてきました。

あれから実家に帰ったのは、結婚する挨拶をしたときだけでした。

精神がボロボロになりながらも、何とか前を向いて生きてきました。

自分の悩みを誰かに相談したことなどありませんでした。

すべての悩みを自分の中で消化してきました。

どんなに辛くても死にたいと思ったことは今だにありません。

しかし、孤独というのは本当に辛いものです。

弱音を吐ける人がいたらどんなに幸せだろうと思います。

この生き方は死ぬまで変えられないと思います。

だかこそ、次に生まれ変わるとしたら身近な家族を大切にしたいと思います。