思い起こすと私には尊敬できる上司・先輩が2人います。
そのうちの1人は、私より20歳以上年上の男性です。
大学卒業して自衛隊に勤め55歳で転職してきた方です。
私は自衛隊の階級には詳しくないのですが、連隊長までやられた方だそうです。
自衛隊は階級が上の人ほど定年退職が早く50歳くらいで定年退職になる人もいるとのことでした。
もう20年近く前の話になります。
その方は、礼儀正しくて、いつも笑顔で周りの人に気を遣っている人でした。
同僚が嫌がる遠方の出張なども率先して引き受けてくれました。
しかし、どんなに遠い出張でも日帰りなのです。
いつも不思議に思っていました。
ある日、近場に一緒に出張することになりました。
出張帰りに「ちょっと寄っていかないか?」と言われました。
私はまだ30歳代の若造でしたので50歳代の先輩に言われたら断るわけにはいきません。
連れていかれたのは、ある病院の病室でした。
年配の女性のベッドに案内されました。
とても思い病気だということは一目瞭然でした。
「女房です。」
と紹介されました。
奥さんは必死に起き上がろうとしているのですが起き上がれません。
必死に私に話しかけようとしているのですが言葉が出てきませんでした。
このときの奥さんの悲しそうな目は今でも忘れられません。
私は突然のことでボーっと立っているだけでした。
一礼をして病室を去るしかありませんでした。
病院を出てしばらくしたら、先輩が私に言いました。
「世の中にはこういう人間がいるということを分かってもらいたかった。」
私は車を運転しながら涙が止まりませんでした。
挨拶すらできなかった自分の不甲斐無さが悔しくて、ずっと泣いていました。
先輩がいつも日帰りの出張だったのが理解できました。
しばらくして先輩の奥様のお葬式がありました。
その際にも驚くことに、娘さんが身体障碍者だったのです。
奥さんと娘さんの介護のためにとても辛い毎日だったことでしょう。
それでもいつも笑顔で周りの人に気を遣う先輩の心の強さに感服するしかありませんでした。
今でも年賀状のやり取りはあります。
すでに娘さんも亡くなられ、80歳で一人暮らしです。
町内会長と趣味の社交ダンスサークルの会長を任せられて忙しい毎日だそうです。
年賀状には、「いつでも困ったことがあったら声をかけてください。」と書いてあります。
人のために尽くせる人。
こんな人に自分はなりたいと思っています。
【終わり】